日  誌
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 2009年日誌

 「団結」ビラ
福祉労働者連帯ユニオン「街」分会
2009年11月労働者集会に向けて、スタート
150号~169号    (2009.6.16~7.23)
170号~    (2009.7.24~)

    戦争・民営化、道州制粉砕!
   石神井川、拡張事業、絶対反対!
障害者解放、自立支援法撤廃!

福祉労働者連帯ユニオン 
ビデオ・ライブラリー
 
2009年・2008年・2007年
スケジュール

7月27日(月)

夕食は、久しぶりに「ジーンズ・キッチン」で

外環道の住民説明会、衆院選後に先送り
 7月23日付日経新聞に、「外環道の住民説明会、衆院選後に先送り」との記事がのっていました。
国交省は5月下旬に補正予算が成立したのを受け、7月22日から8月7日まで、外環沿線7区市の合計9ヶ所で事業説明会をする予定になっていたが、都議選での自民党大敗を受けて、1兆3000億円もの事業の是非が衆院選争点になることを避けて、選挙後の9月以降に先送りしたとの内容です。また、ここには事業主体に高速道路会社3社が名乗りをあげ、いまだに決まっていないということもあると書いてあります。

 事業説明会とは、一般的な住民説明ではなく、地質調査や測量、土地買収の根拠・前提となる要の場です。地元住民からすると絶対にやらせてはならないものです。

 実は、6月下旬に地元住民と国交省・都・練馬区が「話し合い」をしたときには、国交省側は「説明会はさせてください」「しかし、その後の手続きを進める気はない」「事業説明会の日取りは決まっていない」とヌケヌケと言っていたわけですが、裏ではしっかり日程を決めて会場取りまでしていたわけです。なんと腹黒いことよ!改めて怒り爆発です。

 しかしながら、自民党大敗のなかで、そうしたなめきったやり方も次々破産しているということです。何よりも、「青梅街道インター絶対反対」で粘り強く闘ってきた地元住民の団結が国側を立ち往生させ、「この財政破綻のなかで大型道路なんか作るな」の広範な怒りと結びついて、プランを破産させていると自信をもって言い切ることができます。

 国家財政破綻のなかで、大資本を救済するために住民を踏みつけにする事業がより悪らつに公然化し、それが労働者住民との重大な対決点となっています。外環も成田空港建設も関空も石神井川拡張もいらない! やめろ! 労働者住民は団結して世の中変えましょう。

 だ  ん   け  つ
2009年7月27日
№172
福祉労働者連帯ユニオン 「街」分会
関町北4-2-11
リサイクルショップ街 気付
田母神は広島に来るな!
 ヒロシマは田母神を許さない!
 7月25日、8・6ヒロシマ大行動実行委員会の仲間50人が「田母神はヒロシマに来るな!」と平和公園に集まり、原爆ドームまでデモを行いました。「田母神来るな!」の集会とデモに広島の労働者市民の圧倒的な注目が集まり、地元テレビ局も取材に。デモの後も市街中心部で田母神を弾劾し、8・6大行動への参加を呼びかけるビラまき宣伝活動を行いました。

 田母神は本当に許せない! 田母神の主張は何か! 「ヒロシマをくり返さないためには日本も核武装をするべきだ」「ヒロシマをくり返さないためには北朝鮮を先制攻撃せよ」というものです。こんな台詞をヒロシマで言うことができるとでも思っているのか! 被爆者はもとより、広島の労働者市民は、田母神に対し怒り心頭に発しています。しかも8月6日当日に原爆ドームの目と鼻の先のメルパルクで「広島の平和を疑う」と称して講演会を行うというのです! 冗談じゃない! 

 被爆者を先頭にヒロシマの労働者市民がたたかってきたのは、絶対に戦争・核戦争を許さないというたたかいです。田母神は、このたたかいを軍靴で蹴散らそうと広島に乗り込もうと思っているわけですが、私たちはそんなことを許しはしません。被爆者をはじめ労働者民衆は黙っていません。

 「ヒロシマ」を核武装のため、戦争のために利用することなんか絶対に許せるはずがありません。広島には怒りが渦巻いています。核独占宣言をしたオバマ、核武装を叫ぶ麻生や田母神、オバマ賛美と北朝鮮排外主義の日共、連合・原水禁、これら全部をぶっとばして、8・6ヒロシマ大行動に結集しましょう!(広島S・K)

イギリスで 郵便労働者が
第4派ストに突入!
 (写真はストに突入し、門前でピケをはる郵便労働者)
 7月25日、イギリスで郵便労働者が先月に開始された波状ストの第4波に突入する。6月19日にロンドンとエジンバラで開始された通信労組(CWU)の郵便部門がストに突入し、これまでに3波が打ち抜かれた。今回の第4波は、25日早朝、ロンドンのほとんどすべての配達局でのストとピケットをもって開始される。

 7月17日の第3波ストは、ローヤル・メールによる賃金削減や合理化のごり押しなどのでたらめな経営に抗議して、全国の郵便局で行われ、数千人の郵便労働者が参加した。賃金削減に加え、削減された労働力でこれまで以上の仕事を行わせるローヤル・メールに対する全国の郵便労働者の怒りは爆発的に高まっている。現在の攻撃が将来の郵便局の民営化を射程にいれたものであるため、郵便労働者たちは民営化阻止闘争の一環としてこの闘いに取り組んでいる。(T)
速報25日 公権力投入5日目

民主労総平沢(ピョンテク)駅労働者大会
民主労総組合員と市民.社会団体会員10000人余りが参加した中で双龍(サンヨン)自動車事態解決を促す全国労働者大会が開かれている。

警察は9000人体制


7月26日(日)

25日のソウル・ワーカーズ・屋台、
女優のムッちゃん
26日のソウル・ワーカーズ・屋台、 休日のオカちゃん、焼き鳥を食べる
そこにマッちゃんが来て… イン君もいただきます
7・25民主労総ら 1万人が平沢に全国結集
 7月25日朝8時50分、双龍(サンヨン)自動車は、報道資料をつうじて、前日の労使政緊急対策会議で取り決めた午前10時からの労使交渉への不参加を明らかにした。午前10時に約束どおり集まった国会議員や平沢市長などの仲裁団と金属労組に対し、会社側は「あらためて早い時期にハンサンギュ支部長に会う」と語ったが、再三の要請にもかかわらず、日程を詰めようとはしなかった。金属労組チョンガプトク委員長は「使用側に対話意志がないことを明確に確認した」と弾劾した。

 サンヨン支部は「使用側のこのような態度は結局、公権力の力を借りて、殺人鎮圧でサンヨン自動車事態を終わらせることをもう一度明言したことであり、憂慮を超えて怒りを呼んでいる。何がどうなったのか! 使用側は昨日、緊急対策会議が進行されている瞬間にも工場侵奪を止めず、むしろ侵奪の攻勢を強化した。空からは警察ヘリコプターを動員して、無差別に催涙液を投下し、地上と工場の屋根を中心にして警察、用役チンピラ、救社隊が残忍に侵入を試みた。7月20日から始まった工場侵奪過程の中で最も積極的で組織的に侵奪が強行された日だった」と指摘し、「最近の言論法をはじめとする政府のご

り押しが、この平沢(ピョンテク)工場で孤立している労働者らにも適用されるならば、この上なく大きな災難を呼び起こすだろう。塗装工場に対し消火栓まで遮断し、火災に無防備な状態を強いるならば、以後発生するかもしれない大惨事の責任は政府と使用側にあることをもう一度明らかにする」と弾劾した。そして、この日も警察ヘリは工場上空から催涙液を無差別投下し、執拗な鎮圧作戦は続けられた。 25日午後3時、平沢駅前に全国から1万人の労働者・市民が集まった。「サンヨン自動車問題政府解決要求! 労働者・汎国民大会」が開催された。大会後、参加者らはサンヨン自動車工場に向かってデモ行進したが、この過程で30人が警察に連行された。さらに民主労総組合員3000人は市内で26日午前2時ころまで散発的なデモを継続し、明け方まで闘いが続いた。

 労働者・汎国民大会で民主労総イムソンギュ委員長は大会あいさつに立ち、「サンヨン自動車問題はすでに労使問題を超えた」としながら「戦争が広がる国の他にこのように人権弾圧をする国がどこにあるのか。これほどの状況で大統領が介入しない国がどこにあるのか」とイミョンバク政権を糾弾した。特に使用側がこの日午前の労使交渉を反古(ほご)にしたことに対し、「イミョンバクが後から平和的解決を邪魔している」と声を高めた。

 大会には、龍山(ヨンサン)惨事の遺族らも参加していた。夫の故イソンス烈士を失ったクォンミョンスクさんは「第2のヨンサン惨事が目の前に見えるようだ」と危機感を語り、「イミョンバクはこれ以上尊い生命を奪うな」と主張した。さらに「サンヨン自動車の家族の皆さんも勇気を失わずに頑張れ」と励まして「力になることができる限り最後までともに闘う」と連帯の意志を明らかにした。

 金属労組のチョンガプトク委員長は、使用側と公権力が工場内への水と食物、医薬品などの搬入を遮断していることに言及して「国家権力が800あまりの組合員らを残忍に殺そうとしている」「サンヨン自動車が整理解雇を発表してから7人がこの世を去った。生き残るためには全国民の力を集めてすさまじく抵抗するほかはない」と闘争を訴えた。

 大会後、参加者は平沢工場に向かってデモに出たが、市内に6000人、工場周辺に3000人が配備された戦闘警察が妨害する中、1時間以上かかって平沢工場から500メートル離れた地点で行く手を阻む警察と衝突した。デモ隊は篭城中のサンヨン車労組に1トントラックに積んできた700リットルのミネラルウォーターを届けるとして退かなかった。先頭では先鋒隊の金属労組組合員らが歩道のブロックを壊して投石戦を行った。警察はヘリコプターと放水車まで動員、デモを解散させようと攻撃をエスカレートさせた。ヘリコプターからは青色の液体入りのビニール袋がデモ隊に投下され、放水車は水を撃ちまくった。警察はこの過程で「集会および示威に関する法律」「道路交通法違反」などの容疑でデモ隊15人を連行した。

 午後7時すぎにも労働者らは竹棒を持って抵抗したが、催涙液を撃つ放水車とともに戦闘警察らが襲い掛かり、裁判所交差点まで後退。さらに市内各所で労働者らの闘いは夜を徹して続いた。
        ☆
 7月25日、東京・杉並で開かれた「解雇撤回!民営化絶対反対!7・25東京青年労働者集会」では、整理解雇撤回・総雇用を要求して不屈に闘う金属労組サンヨン自動車支部に連帯し、自らの職場で共通の敵である資本、体制内労組指導部と断固闘うことが全参加者で確認された。

 資本の勝手で解雇されてたまるか! 団結して闘って、戦い、一緒に生きようと工場を占拠して闘い続けるサンヨン労働者の闘いは全世界の労働者の魂をわしづかみにしている。(J)

写真下は、戦場に変わった双龍自動車=警察が本格的な鎮圧作戦を強行した24日午後、新プレス工場側から火炎が広がっている。平沢工場は戦場そのものだ。
写真4枚目は、7月24日、「パパを生かして」と双龍自動車労組の家族会がソウルのヨイドにある与党ハンナラ党本部を訪問し、双龍車問題解決を要求した。警察がプラカードを奪い、家族らを排除しようとしたが、「子どもたちのパパを生かして」と泣き叫んで抵抗。家族らは対話を要求し、会議室で座り込んだ。
(動労千葉を支援する会のホームページに動画があります)
「裁判員制度はいらない」新宿西口街宣で大反響。8・3デモへ
 「裁判員制度はいらない!大運動」は7月25日、東京・新宿駅西口で街頭宣伝を行い、裁判員制度の廃止を求める署名と8・3東京地裁デモを呼びかけました。真夏の日差しが叩きつける猛暑でしたが、高山俊吉弁護士や評論家の池内ひろ美さんなど30人以上が街宣活動に参加しました。裁判員いらなインコも登場して、約300個の風船を配りました。約2時間半でなんと2000枚のビラが配られ、150を超える署名が集まりました。

 乗車待ちのタクシー労働者が車からおりてきて、「ビラを一枚ください」と机に駆け寄ってくる場面も。若い人の署名者も多く、「義務だとしても拒否したい」と返答。あちこちで討論の輪ができていました。
 裁判員制度廃止運動の勢いと展望を示した大街宣でした。ちょうどこの日、内閣府が裁判員制度に関する世論調査の結果を発表しました。裁判員裁判の実施が目前になっているにもかかわらず、このビクビク状態です。8月3日の闘いが決定的となりました。正午、東京地裁デモ(日比谷公園・霞門)に全力で結集しましょう!(み)
東京青年労働者集会の勢いはスゴイ
北島邦彦の「すぎなみ未来BOX」 のブログから転載
3週連続になった杉並産業商工会館講堂の集会の最後を飾って、東京青年労働者集会が大成功しました。この青年労働者の怒りの激しさとエネルギーはスゴイ!この意欲と団結をもう一歩、もう2歩進めていけば、東京の労働運動-革命運動のありようを激変させる力をつくり出せる確信がもてました。東京各地区のユニオンに結集した新たな分会もいくつか紹介され、いよいよ4大産別決戦が焦点です!

公安警察の集会妨害・弾圧はいつにも増して執拗でした。権力は青年労働者の決起と団結を、本当に心の底から恐怖しているんですね。今日も集会防衛の任に就きました。集会参加者の邪魔にならないような位置に移動するように公安警察を“ていねいに誘導”している時に、最近彼らがよく怒鳴るのは「区議がそんなことしていいのか!?」ということ。「区議だからやるんだよ。警察の弾圧に区議が先頭で抗議するのはあたりまえだろう」と応じています。「調子にのりやがって!」などとも公安警察は言うのですが、ますます熱く“調子にのって”やりましょうかね。

午前中は高校2年生のG君と一緒に、動労千葉の組合事務所を訪問しました。G君が学園祭で国鉄分割・民営化についての展示発表をやりたいというので(G君は鉄道研究会で、いわゆる“鉄ちゃん”です)、動労千葉執行委員の川崎さんと山口さんにインタビューをお願いしたのです。動労千葉の国鉄分割・民営化との闘い、労働運動の路線をめぐる動労本部-JR総連との闘い、現在のJR資本との闘い…などに加えて、“鉄ちゃん”としての質問もしていましたが(「108系がどうだ、E243系はどうだ…」とか、さっぱりわからん世界でした)、いずれもていねいに応じていただき、ありがとうございました。G君はしっかり学習してきちんと発表展示をやりきって、お礼の意味も含めて11月労働者集会に一緒に参加しようね。

江戸東京紀行(流せば洪水、貯めれば資源!雨水資料室、すみだ環境ふれあい館の巻)
その他東京23区 写真 雨水クライシス


このメッセージは?
地球には年間平均1020mmの蒸発と
年間1020mmの降水があり、

水の循環は平衡に保たれているということは、
世界の空はつながっており、地球上のどこかで
異常豪雨になれば、どこかが異常渇水になると。
その他東京23区 写真 降れば洪水


80%近くがコンクリートとアスファルトで覆われてしまった東京では、地下に浸透ができなくなった雨水が下水道や河川に一挙に集中し、集中豪雨の度に都市型洪水を頻発するようになった。と。
その他東京23区 写真  貯めれば資源


屋根に降った雨水を溜めて洪水を防ぎ、溜めた雨水を
トイレなどの雑用水や防火用水として積極的に活用する事が、墨田区の雨水利用の考え方。と。

そういえば、国技館と江戸東京博物館の施設にも
屋根からの雨水を集め、雨水タンクにためていると
聞いています。

流せば洪水 溜めれば資源

1月14日「革命的雨水プロジェクト」 村瀬誠(雨水博士、墨田区役所勤務)

 雨水博士・村瀬先生の主張はこの一言につきる。ところが、これは言うほど簡単ではない。既に、都市の構造は自然界におけるような循環型とはかけ離れてしまった。

 東京の場合、1500ミリ降った雨の内、地下にしみ込むのはわずか300ミリ、バランスは全く取れていない。コンクリートとアスファルトに覆われ、雨水がしみ込む地面が無いのだ。残りは下水道にいく。下水道の容量を越える豪雨になれば、あっという間に下水は溢れ、マンホールが飛び、道路は川と化し、洪水に見舞われることになる。

 1999年、都内で、130ミリを越える豪雨のため地下室に浸水、男性が死亡した事件は記憶に新しい。その一ヵ月前に同じ事件が福岡で起きたばかりだった。都市の脆弱な構造に加え、瞬時に激しい雨が降る熱帯的な降雨に、環境からの警告を読み取らずにはいられない。

では、どうすればいいのか。

 ここに雨水博士の「革命的雨水プロジェクト」が始まった。発想の転換である。東京の年間降雨量は25億トン、一方、年間の水消費量は20億トンだ。降った雨を利用できれば、治水も利水も一石二鳥ではないか。さらに都市防災にも役立つとなれば、一石三鳥にもなる。

 先ずは国技館への働きかけから始めたという。あの大屋根に降った雨を受けて溜めれば1000トン、トイレも冷房も賄える。交渉は難航したが、雨水博士の熱意が実った。設計変更、施工へ。これが雨水利用施設の第1号となった。次いで、隣接する江戸東京博物館、福岡ドームなど全国へと広がって、今では数千の施設が雨水利用を実現している。

 ここで安心して止めてしまわないのが、博士の雨水博士たる所以だろう。今度は、大規模施設だけではなく、下町の木造住宅密集地域での街づくりに応用した。周囲に降った雨を集めて貯水し、手押しポンプで汲み上げる「路地尊」を作ったのだ。

 この信念と実行力。ユーモア溢れる口調から覗く、不断の向上心。お話しをうかがっていてつくづく、一人でも世の中を変えることができるのだと実感した。

 雨水博士の活動は留まるところを知らない。ボツワナへペルーへバングラへ。台湾では世界初の雨水利用動物園まで作ってしまった。

 現在、安全な飲料水を確保できない人口は10億と言われる。8億は飢餓で死線を彷徨っている。そんな世界に向ける博士の視線の優しさが琴線に触れる。

 講義をしめくくるメッセージは

    No more tanks for war, tanks for peace!

だった。(宮 崎  緑)

雨水利用 流せば洪水、ためれば資源
http://www.aqua-sphere.net/1000/ws/wits/wits_08.html

★屋根に降った雨量はダム1つ分

 恵みの雨を最大限に活用しようという動きが広がっています。

 雨水利用先進地の東京都墨田区を歩くと、民家の庭に、ドラムくらいの大きさのタンクが備え付けられているのを見かけます。屋根に降った雨水を、雨どいから導き、それをタンク(雨水タンク)にためるのです。

 東京では、水源のほとんどを150キロも離れた上流のダムに頼っています。

 これまで大都市の水行政は、水が足りなくなったら、上流にダムをつくればいいという考え方でした。

 しかし、巨大ダムの開発は、自然環境を破壊し、そこに暮らす人々の故郷を奪い、膨大な建設費用、維持管理費用がかかります。

 それぞれの家が雨水をためれば、無数のミニダムを都市におくことになります。

 かりに東京都内のすべての一戸建て住宅が屋根に降った雨をためたとすると、1億3500万トンの水が確保でき、これは利根川水系の八木沢ダムが東京都に供給している水量を上回ります。

 雨水タンクの水は生活用水に使います。

 最初の2ミリの降雨は、大気中の汚染物質などが含まれているので流してしまいますが、降り出して5分後には、トイレなどに使えるきれいな雨水が集まります。

 洗濯用としてもおすすめです。雨水は電気の通りやすさを示す「導電率」が水道水より低く、少ない洗剤量で、洗濯物の汚れが落ちます。

 大震災などで水道管が破裂し水が出なくなっても、初期消火やトイレの流し水に使えます。煮沸、ろ過すれば、緊急用飲料水にもなります。

 雨水タンクは一般的な250リットル用で6万円程度です。降雨5分後のきれいな雨水を自動的に集める装置をそなえたものもあります。

 6万円というと「高い」と感じるかもしれません。ですが上手に雨水を使うと、年間1万円程度の水道代の節約ができるので、6年で元はとれます。また雨水利用の助成金制度のある自治体もあります。

 ★災害防止や地下水涵養にも
 雨水利用には災害防止という目的もあります。

 雨水はすぐ使うのではなく、地下に浸透させてもよいのです。

 千葉県市川市では、雨水浸透設備を設置した建物が1000件を突破しました。雨水浸透設備とは、屋根に降った雨を集めて地中に染み込ませる施設です。

 都市部では地面がアスファルトで覆われている部分が多く、集中豪雨があると地中に雨水が浸透しません。雨はそのまま川に流入し、水量が一気に増大するため、都市型水害の発生につながっています。

 雨水タンクや雨水浸透設備を設置すれば、小さな治水ダムとして機能し、洪水を防止します。雨水浸透設備はもちろん地下水の保全にも役立ちます。

 雨水利用の動きは諸外国では活発になっています。

 ドイツでは、洗濯・トイレ用に雨水タンクをつける家庭が年5万戸の割合で増えています。
 それにくらべると日本はまだまだこれから。

 そのためにも、雨水利用を促進する社会的なしくみをつくるべきでしょう。たとえば、洗濯やトイレなどに使った雨水を下水に流しても、下水道料金を上乗せしなければ、雨水利用を促進することができます。

お天気お姉さんのプチ日記

雨水の利用

2004年05月29日

ishida_05283今日は墨田区雨水資料館に見学に行ってきました。とってもおもしろく、お勉強にもなりました。

雨水の再利用とはあまり耳にする機会はありませんが、雨水を利用する施設は国内に3,500もあるそうです。
例えば、国技館。地下にタンクやろ過施設があり、屋根から流れる雨水貯めろ過し、200個もあるトイレの水をまかなっているそうです。

昔から洪水が多かった墨田区周辺では、雨水利用が盛んに行われていて区役所や家庭でも利用していました。そのお陰で、洪水もなくなったそうです。

今回説明をしてくださった雨水利用の先駆・者村瀬さんの「雨水は流せば洪水、貯めれば資源」との言葉、とても考えさせられました。

ishida_05292ちなみに、普及している家庭用の雨水タンクは定価6万円程度で、墨田区では半額を区が出してくれるそうです。
本当にたくさんのことを考えさせられる見学でした。(*^_^*)


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